養老孟司氏
昔、内田春菊の漫画を読んでいた時にたまにコマの隅に登場する人でキャラの1人ぐらいの認識しか無かった養老孟司氏。
それから10年くらい経ち、何かのきっかけで彼の講演をYouTubeで見てからハシゴが止まらなくなった。
彼のお陰で私が今まで疑問に思っていたこと、腹が立っていたこと、もどかしかったことの答え合わせが出来た。
なぜ人間が低きに流れる一斗をたどっているかとか、
それを止めるにはどうすればいいかとか、
子供とはなんぞやとか、
個性とはなんぞやとか(「人と違う行動をすることを個性と言うなら閉鎖病棟で壁に自分のうんこで自分の名前をひたすら書いている人も一つの個性だ」の話はウケた)
色々。
上記のテーマの話は色々な人がしているけど彼のが1番しっくり来た、というか私にはピッタリとハマった。
彼のスピーチは一言一句無駄がないので集中して聞かなければいけない。
彼がスピーチの中で、
断りを入れたうえで南海トラフ地震を待ちわびるているかのように取られかねない発言をした。
その位の大惨事になると全てが大混乱で政府の助けは見込めず、自分で自分の命を、生活を守らなければならなくなると、
そうなって初めて人は日頃の人とのつながりの大切さ、自然から生きる知恵を学ぶことの大切さを知ると、(私の解釈)
要は荒療治的な。
一方私は過激な考え方で、
また核爆弾を落とされなければこの平和ボケを直すすべはないのではないかと思っていた。
戦争を知らない人間の愚鈍な考えなのだけど。
浅はかにも、彼が南海トラフ地震の話をしたとき勝手に、近い!と思ってしまった、
アホやね〜、真っ先に脂肪フラグが立つタイプ。
失礼を承知で言わせてもらえば、
彼の話し方はつっけんどんで突き放すように聞こえるときもある。
老体に鞭打って、そんな事しなくてもゆっくり老後を過ごせば良いものを、
たくさんたくさん、
大切な話をしてくれる。
たくさん時間を使ってこの先を生きる皆のために、
批判を承知で、
一生懸命、
私達が道を外さないように。
それを見ていて申し訳なくなったし涙が出た、
私も一生懸命生きないと、
この国をここまで復活させた彼らに申し訳が立たないと思った。
以上。
呼吸をしない医者
「あのね、呼吸を重要視しない医者は信用せんでええよ、精神の分野もそう」
ある人が私に言った。
この人に後20年早く会えていたら私の人生は大きく変わっていたろうに。
呼吸なんて意識しなくても体が勝手にしてるんだから重要視も何も?
と思う人もいるだろう。
私もそうだった。
精神を患い、
自律神経がしこたま狂うとどうなるかを体験し、
自力で呼吸法の大切さに気づくまでは。
私はもう長いことまともに息すら吸っていなかったのだ。
え?じゃあ死ぬじゃん
いやぁ人間てそういうとこもある意味精密でさ、死なない程度のギリギリってやつを保てちゃったりするんだよね、
もちろん本人の意志に関係なく。
でもそれはそれで良くないらしい。
動物としての本能で、危険、恐怖を感じると呼吸を浅く早くして、体を緊張状態にし、戦闘状態に備える。危機が去ればもとに戻す。
現代人は体が文明に追いついてないのでこの機能がうまく使えなくなった。
人によっては頭の中から危機が去らず、体は常に緊張状態。
どんなにいい薬を飲んで、
食べ物に気をつけ、
高いお金払ってカウンセリングに通って頑張ったところで、呼吸によって酸素やさまざまな栄養素が充分に体の各々の部位に運ばれてその部位が正しく機能しなけは効果は半減。
酸素が足りてないとただでさえまともに働かない頭がますます鈍くなるし痛くなるし、
頭が鈍くなると医者の言う事も、カウンセラーの言う事も頭に入らず、
一層イライラして喧嘩になる、
運動してもすぐ疲れるし、
朝起きれないし、
胃腸も働かない、
胃腸が働かないとメンタルに良くないし、
免疫力落ちて病気しまくり。
これ全部体験談。
どんな高級車もガソリンが正しく供給されなければまともに動かないのさ、高性能基板がついててもね。
では、
その逆は?
びっくりした。
え?これもしかして薬いらなかったんじゃね?ってくらい。もちろんそれだけやればいいというわけではないけど、
「自動制御の呼吸に手動を加える」と、
頭が冴え、
体は前より動くようになり、
胃腸の動きが良くなり、
朝起きれて、
病気しなくなった。
スゴイんです。
やべーやべー。
そりゃ流行らないわけよ、沢山のお医者様が路頭に迷ってしまわれるもの。
不定愁訴の何個か呼吸のみで良くなったのよ、なんだったんだよあの苦労は。
しかもタダ。
あとね、〝病は気から〟と言うでしょう。
その亜種で〝健康はビジュアル化から〟というのがありまして。
私は今これを練習中。
正しい呼吸法(ググれ)をしながら、
想像するのです、
昔見た「ためしてガッテン」よろしく、
私の中で、
さっき食べた物が細かく砕かれ、
内臓壁から栄養素が浸透し、
血液に乗って、
各々の器官に行き届き、
潤って、
ミトコンドリアが騒ぎ出し、
細胞の目が輝き出し、
エネルギーとなって、
私を動かす。
難しければただの水からでもいいです。
水がのどを通った感覚、
確実に内臓に入った、
そこから染み出して血液に運ばれて、
体の隅々まで行き渡る、
水をたっぷり吸った土壌のように、
私の体は無敵になる。
肺から取り込まれた酸素が私の体の、
隅々まで、(←これ重要)
行き渡る、
指先まで、
まつげの先まで、
余す所なく。
何なら「働く細胞」みたいに栄養素とか諸々擬人化してもおけー。
アホだと思うでしょ?キザやな〜と思うでしょ?
やって、ホント。
生命体ってほんとすごいの、キザ万歳。
政治思想なんてものは
所詮、どこか後ろめたい人間が自分の本性を正当化する為に身に着けるドレスだと言ったのはかの有名な某なにがし。
右とか左とか上とか下とか斜め上とか斜向かいとか。
人はいち動物であるだけの知能しか持たないのに中には〝宇宙を制す!〟て意気込んでいる人もいる。そんなKYな生き物なので、その体の何倍も膨れ上がったデカ頭を支える為の何かが必要なの。
それが政治思想。
重たそうだよね〜、辛そうだよね〜そのデカ頭。
あまりにも重たくて、時たま、もげてタヒんじゃう人がいるのよ、だからしっかり支えるための柱が必要。
皆が支持してくれればくれるほど柱が増えて楽になる、楽にはなるんだけど本来の自分の首で支えているわけではないから本人の首から下はどんどん退化して、人間の体は使わないと弱っていくでしょ?そのうち支えがないと立っていることさえできなくなる。
なんとか弱い生き物なんでしょう。
前にむち打ちになった人がつけてた首用コルセットをつけさせてもらったことがあるのだけど、首痛めてなくてもめっちゃ楽で気持ちいい!!あれはいいね!はァ~って声出たよ。
年取ってくると尚更ね。
このコルセットってやつが曲者で、政治思想で作られてるエセコルセットがあるのです。首を痛めた人を狙って売りつけに来る売人がいるのです。何なら首を痛めてない人にも言葉巧みに買わせようとするのです。
で買ってしまうとまあ、楽でさそら。
楽は楽なんだけど、首まわしづらいんだよね。そうすると周りを見渡しづらくなる。
頑張って、自分の首を鍛えましょう。
そうすればデカ頭を支えられる。
上下左右斜向かい、斜め下から斜め上、後ろも前も、自分の首を使って自由自在に好きなだけ好きなときに回しましょう。
そうすると周りがよく見える、よく聞こえる。
そうすると自分が今どこに立ってるか、どんなとこに立ってるかわかると思うの。
なんでだろう
二度と会えないことが何でこんなに悲しいんだろう。
二度と会えなくても自分の物理的な生命活動にはなんの支障もないのに。
二度と会えなくてもお腹はすくし、眠くなるし、息もしてる、目も見えてる、耳も聞こえる、声も出る、匂いも分かる、手も足も動く、心臓も元気に動いてる。
いつものタヒの恐怖が起き上がる。
こんなにしょっちゅうおののいてるのに、この歳になってもまだ、誰かのタヒに目に立ち会ったことがない。
後からのタヒ顔は何回か見た、怖くてほとんど覚えてないけど。
私が怖がりだから怖い場面から遠ざけてくれてるのかな。
なんて、
んなわけはない。
人と絶縁すると少しホッとする、その人のタヒに目に立ち会わなくて済むから。
情より恐怖が勝る。
お葬式も好きじゃない。
もう会えないのに「会いに行く」とかちゃんちゃらおかしいと思うから。
もういないのに祀ってどうすんの?
集まっても主役いないのに変じゃない?
生きてる間の後悔がそうさせるのか?
生きてる間に集まればいいじゃん。
ちっとも楽しくない。
だから行かない。
会えないなら行かない。
逃げ続ける。
写真加工
もう歪んじゃって歪んじゃって…。
同じ人を撮ってるはずなのに、ちょっと撮る角度が変わるだけで脚の長さが1.5倍になったり、頭身が変わったりと、えぇ…っていう現象ばかり起きて困ってる。
顔の大きい人の写真を撮ったと思って撮った画像を見てみたら目が離れてカエルみたいな顔になってたり。
自撮りをしても小顔になりすぎてアンタ誰?!状態。
ネット検索で出てくるオシャレな人物画像、
誰でもモデル体型に映るし、真正面から写してるはずなのになぜか煽りアングルかよッ!ってくらい歪んでる。
たまにやりすぎてミッキーマ●ス位足デカくなってるし。(笑)
ありの〜ままを〜う〜つ〜そぉ〜よ〜。